2018年1月31日

黒田はまだそこにいる……黒田博樹が残したもの


明日から2月。キャンプインです。

一昨年、黒田博樹が引退したとき、生涯、あれほど濃密にプロ野球を見ることはもうないでしょう。とまで思ったものでした。

そんな気持ちで迎えた昨年のキャンプイン。忘れられない記事があります。

権藤博さんが、広島のキャンプを訪ねたときのことを『日本経済新聞』のスポーツ欄で連載しているコラム(2017年2月16日)に、こんなふうに書かれていました。

「広島のブルペンは静かで、みんな黙々と投げていた。投げ損なったときに思わず声をあげる投手がいるものだが、野村祐輔ら広島の投手はよくても悪くても、表情を変えなかった。弱い犬がキャンキャンほえるのと違って、どっしりしている。心の中ですでに打者との戦いに集中しているから、余計な声も出ないのだろう」

「黒田は口でどうこう言うのでなく、背中で後輩たちに打者との戦い方を教えてきた。抑えた、打たれたという結果は別として、一球に一喜一憂せず、ひらすら攻め続けること。投手として一番大事なものが、広島のブルペンにあった。黒田はまだそこにいる、と私は感じた」

黒田はまだそこにいる……何度読み返しても、しびれます。

マウンド上の野村や薮田和樹からも、野手の選手からも、プレーや言動を通して、黒田を感じた2017年でした。

黒田はたくさんのものを私に(私たちファンに)残していってくれました。でも、それは思い出とか、なつかしくなる昔話だとも思っていません。今もどっこい生きてる。

今年はどんなシーズンになるでしょうか。選手たちはどんな景色を見せてくれるでしょうか。パッパラ〜(幕開けラッパの音)。



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2018年1月30日

神ってる、行き渡ってる?


2016年の流行語大賞に選ばれた「神ってる」。

今でもほんの時々テレビなどで耳にすることがあると、あ、使われてる。どうもどうも。という感じになります。

野球人気は下火だとか、いや観客動員数は増えているのだとか、いろいろ言われていますが、2015年の流行語大賞は「トリプルスリー」でしたし。

なんだかんだ言っても、野球って日本では広く親しまれてるジャンルなんだなと感じたりします。流行語大賞に選ばれたからありがたいとか、そういうものでもないですが。

今日、『デザインのひきだし』(2017年10月発売号)という雑誌を読んでいると、「2016年に広島東洋カープが優勝したとき、“神ってる”というフレーズが注目を集めたが、それをもじって言えば、吉岡さんは“紙ってる”デザイナーなのだ」という文章が。

この雑誌は、デザイン・印刷・紙・加工に関する情報誌(年に3回発行)。毎回、表紙や誌面に実験的な試みをしている、情熱たっぷりの雑誌。

今回はちょうど紙についての特集号。吉岡秀典さんという面白い紙の使い方をしているブックデザイナーを紹介するページで出会った一文でした。

デザインの専門誌で、カープと「神ってる」という言葉に出会えるとは。このほんのりとした浸透具合、嬉しい。



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2018年1月29日

星野仙一さん


星野仙一さんが中日の監督をしていたとき、その強面ぶりに、こんな人が上司だったらリラックスして仕事できなさそう。最初、そんなふうに思っていた。

ところが、何があっても表情を変えずベンチにどっしりと腰を下ろしている星野さんを見て、そういうところはだんだんいいなと思うようになった。

西武の監督をしていた東尾修さんや、ソフトバンク監督の工藤公康さんのように、点が入ったときは大喜び、劣勢になった途端にがっくりと、一つ一つ表情に出る人だと、かえって落ち着かない。

いつのまにかそう思うようになり、星野さんのことが苦手でなくなっていったのだった。むしろ好きになっていった。

カープの監督、緒方孝市さんも、試合中、表情を大きく変える人ではないので(いいプレーが出たときはもちろん喜びを表すけれども)、そういうところはいいなと思っています。




1月6日の朝、星野仙一さんが亡くなったというニュースを聞いて、静かにショックを受けた。

スポーツジャーナリストの石田雄太さんが、『週刊ベースボール』(2018年1月29日号)に書いていた、星野さんとのエピソードはひときわ心に残るものでした。

小学生時代、名古屋の小学校で壁新聞コンクールが行われることになり、新聞委員だった石田さんたちは「ドラゴンズの選手へのアポなしインタビュー」を企画して決行。

今では考えられないことですが、当時(1975年頃)、プロ野球の選手名鑑には、選手の自宅の住所が載っていたそうです。なんと牧歌的な。

小学校の学区内に住んでいた選手の自宅を直撃するも、不在だったり、断られたりで、取材は難航。最後の一人、星野さんの住むマンションへおそるおそる訪れると……。

なんとインタビューに応じてもらえることになり、家の中に招き入れられたという。そのときの、星野さんの、ぶっきらぼうな言葉と笑顔が、あぁ星野さんだ! という感じなのです。

星野さんにインタビューをしたという宝物のような経験が、「野球記者になりたい」と本気で思うきっかけになったそうなのです。

「あれから千回を超えるインタビューをしてきたが、人生で初めてのインタビューは10歳のとき、その相手は突然、家を訪ねてきた見ず知らずの小学生に向き合ってくれた星野仙一さんだった」

何度も読み返してしまうのでした。



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2018年1月27日

栃ノ心優勝、鶴竜失速に、野球を見た


大相撲初場所、栃ノ心が初優勝を飾りました。

4場所連続の休場から復帰した横綱・鶴竜に久しぶりの優勝をと応援していたのですが、栃ノ心の力強い相撲も心に響くものがありました。

当初、連勝を続けていた鶴竜に、充実したものを感じていました。ところが11日目に初黒星がついたあと、まさかの立て続けの3連敗(つごう4連敗)。

1敗したあとの2連敗した取組を見ましたが、その負け方が、勝つ気持ちが伝わってこない、力の途切れたような様相で、おどろく。しかも、立て続けに。迷いに入り込んでいるのが、はた目に見ていても明らかな感じ。

野球でも、この調子で行けば今日は勝てるぞ……と期待していたゲームが、ちょっとしたきっかけで流れが相手に渡ってしまい、見る見るうちに暗転することがある。

今場所の鶴竜も、一度起きた流れに逆らうのがとても難しそうだった。久しぶりの復帰で、体力的な問題もあったのかもしれないのですが。逆に、勢いにのった栃ノ心の流れを誰も止めることができなかった。

勝負は何が起こるかわからない。流れを止めることは難しい。

相撲は9回までないけれど、一日一日の勝負の中に流れを感じた。まるで野球のゲームを見ているようだった。



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2018年1月26日

野球界にはあって、相撲界にはない決定的なもの


白鵬と稀勢の里の二横綱が休場している、大相撲初場所。今日、栃ノ心(ジョージア出身*)が、横綱の鶴竜(モンゴル出身)を2歩リードしました。

*日本では、2015年から「グルジア」という国名表記が「ジョージア」に変わりました。もともと英語由来の「ジョージア」で呼ばれていましたが、日本を含めた一部の国々は、ロシア語に由来する国名(グルジア)で呼んでいました。2008年、ロシアと武力衝突し外交関係を断った旧グルジアは、「ジョージア」という呼び方に切り替えるよう各国に働きかけていたとのことです。

大相撲を見ていていつも、外国人力士の日本語が流暢で、尊敬してしまいます。そう言えば、通訳を介してインタビューに応じている力士を見たことがありません。

逆に、メジャーリーグに渡った日本人選手がインタビューに英語で応じている姿はほとんど見たことがありません。日本球界にやってきた外国人選手が、日本語でインタビューに答える姿も見かけません(ひと言ふた言の挨拶ならあっても)。

通訳を介するか、介さないかを選択するのは、選手の自由。プレーで結果を出すことが一番。

日本で活躍する外国人選手にも、日本語(日本)に親しみや関心を持ってもらえたら、もちろん嬉しいけれど、期待しているのはいいプレーを見せてくれること。

通訳の存在が当たり前になっているのは、相撲の世界とは大きな違いだと感じたのでした。



サビエル・バティスタなど、カープのドミニカ共和国の選手をサポートしてくれているヘンディ・クレートさんのチャーミングな通訳でスタジアムがどっと盛り上がるのも、名物(お楽しみ)のひとつになっていますし。

イタリアのプロサッカーリーグ、セリエAに移籍した中田英寿がイタリア語で会見にのぞんでいたのは見事でした。中田が自分でそうしたいと決めてやっていたことだと思います。

本田圭佑がオランダリーグのチームでキャプテンをまかされていたとき、チームメイト(いろんな国から選手がやってきている)と英語で会話している映像を見たこともあります。それも本田がその地でプレーするため選んだことだと思うのです。

白鵬も鶴竜も栃ノ心も、多くの外国人力士が十代のころから日本にやってきています。日本語が上手いのは、日本での生活が長いということも大きいかもしれません。

でも、相撲界で生きるということは、日本語(外国人力士にとっては外国語)を使うということなのかもしれないと、相撲独自の世界を強く感じたのでした。



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2018年1月24日

羽生善治さんと赤いカープ帽


昨年、プロ棋士の羽生善治さんがうちたてた「永世七冠」という前人未踏の記録を伝えるニュースで、どこかの大会で将棋をさしている小学生時代の羽生さんの写真が紹介されていた。

子ども時代の羽生さんはカープ帽をかぶっていた!

好きなもの二つがドッキング(って言葉、最近聞きませんね……)したような驚きと喜びで、色めき立つ。

でも、あれ? 羽生さんがカープファンて、聞いたことない。それに、羽生さんて、広島の人でしたっけ?(広島出身の人がカープファンとは限りませんが)

調べてみると、埼玉・所沢市出身で、東京・八王子育ち。

羽生さんのお母さんが、将棋大会で我が子がどこにいるか見つけやすくするため、赤いカープ帽をかぶらせていたとか(羽生さん自身は巨人ファンだそうです)。

これは、羽生さんファン、カープファンには、知ってる人はもう知ってるエピソードかもしれませんが、そゆことでしたか。たしかに、赤い帽子は人目を引きます。

すっかり赤がトレードマークの広島東洋カープですが、創設当初から赤がチームカラーではなかったのですね。1975年に監督に就任したジョー・ルーツが、闘争心を全面に出していこうと、帽子とヘルメットの色を赤に変えたのが始まり。



ところで、赤は目につく……というイメージは強く、消防車に赤い色を採用している国も多いようですが、近年、スウェーデンでのいくつかの街では、目の覚めるようなレモンイエローの救急車や消防車が走っているそうです(『スウェーデン式 アイデア・ブック』より)。











たしかに、この色だと、昼間も夜間も目立つので、救急車や消防車にぴったり。とくに夜は赤よりひときわ目立ちそうで、合理的ですね。

赤より目立ついいアイデアがあるとわかっていても、これまで通りのものを思い切って取り替えるまでに数十年の月日がかかった……というひとつの例として、紹介されていました。

ルーツ監督の一声で決まったカープの赤。変わると決まったとき、衣笠祥雄さんは「赤い帽子なんて、小学生のとき、体育の時間にかぶって以来」と、けっこう衝撃だったようです。

黒田博樹も2015年、カープに復帰したとき、「赤いユニフォーム、(アラフォーだけど)まだ大丈夫ですかね? 似合ってますかね?」みたいなことを言っていたような。

カープの赤いユニフォーム、断然カッコイイと思います。
ルーツ監督、ありがとう!



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●まさか、こんなところにカープファンが
●そして、ここにもカープファンが。

2018年1月22日

『広島カープ 最強のベストナイン』後日談


野球・MLBのコラムサイト Full-Countで、「赤ヘルの歴史に残る名手たち …… 広島の歴代投打5傑」という記事が。

カープの歴代の名選手を、投打の通算成績で見ていこうというもの。

打者は、「安打・本塁打・打点・盗塁」で、投手は「勝利・奪三振・セーブ」の数でランキングされています。データに基づいたランキングは明朗会計の気持ちよさがありますね。

「安打・本塁打・打点」の3部門は、山本浩二さん、衣笠祥雄さん、前田智徳さんの3人がトップ3を占めていて、まぎれもなく、さすがだ。

この記事を見つけた家族から、「各部門の5傑は誰だと思う?」と聞かれ、とくに盗塁部門でおおよそ答えることができて、驚かれました(家族と私のカープ歴はほぼ同じで約3年)。

オラにいつのまにこんな力が……? 二宮清純さんの『広島カープ 最強のベストナイン』(光文社新書、2016)を再読したばかりだったので、この本でカープ力がUPしたようです。





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