12月29日、『労組日本プロ野球選手会をつくった男たち』という本を書いた、木村元彦(ゆきひこ)さんのお話がとても面白く、聴けてよかったとしみじみ思ったのでした(「武田砂鉄 ラジオマガジン」文化放送)。
サッカーには代理人がいたけれど、代理人をつけることもできず、ずぶの素人の選手自身が契約交渉していた。
一方、メジャーリーガーも、オーナーのアクセサリーと呼ばれ、ものすごく安い年棒でプレーしていた時代があった。
そんなメジャーの選手会は、今では世界最強労組と呼ばれている(そんな環境なら、当然行きたくなりますよね、日本の選手も)。
その待遇のよさは、メジャーの選手会が労組になってから勝ちとっていったもの。
これを率いたのが全米鉄鋼労連の事務局長だったマービン・ミラーというやり手の労働活動家。彼がドンドンいろんな改革をして、メジャーの選手たちの待遇を改善していった。
一方で、日本の選手会はそういう事務方のプロフェショナルではなくて、当事者である現役選手たちが声をあげて、自分たちで交渉して、たたかって権利を勝ちとってきた(途中から顧問弁護士もつく)。
これはメジャーに対して誇るべきところだと、木村さん。
中畑清さんが動くことによって、1985年、選手会の労組が誕生。中畑さんというと、絶好調男のイメージ。本の取材中もその名のごとく、オープンだったそうです。
でも、中畑さんには緻密な部分もあって、段階を経て進めていった。中畑さんでなければ12球団の選手をまとめられなかっただろう、と木村さん(人徳もあった)。
「(プロ野球は)日々競争社会ですし、下手すると自分自身もレギュラーをとられてしまうんではないかという状況の中で、毎週いろんな連絡を取り合いながら活動していた」
「とくにこの本で言うと、広島の今の監督をされている新井貴浩さん」
出たー。新井さん! 2008年から4年間、7代目の選手会会長をつとめていた新井さん。
「3.11という未曽有の大震災のときに、セ・リーグの開幕を遅らせるべきではないかと文科省まで巻き込み、ときに弊害というか、疎外するような動きをするコミッショナーやプロ野球機構、読売グループとたたかいながら、勝ちとっていった」
新井さんの話は、WBC関連の選手の権利の話のところでも出てきました。
「いま、選手会にいるメリットがないということで脱退していく選手がいるんですけども、得られた権利は行使できる。ただ、なんのメリットもないというそのメリットが、いかに享受できるようになったのは知っておくべきではないか」
「先人たちが自分の仕事を後回しにしてでも、10年20年後の後輩・選手のために、ひいては野球界のためにたたかってきたということは、やっぱり多くの人に知ってもらいたい」
そんな気持ちが、今回本を書く大きな動機になったそうです。
選手会に加入するのは任意だから、入らないのも自由。でも、いろんな権利を勝ちとってきた選手会についてのリスペクトは忘れていけないなと思いました(佐々木朗希の顔が浮かんだのは私だけだろうか)。
サッカーを取材している人からすると、代理人や肖像権のことなど、プロ野球のあまりのガラパゴス状態に驚くそうです。
「むしろファンも、野球選手ってそういんもんだろうと麻痺していたのでは? ところが、あまりにちょっと理不尽なものが多すぎる」
「選手が気持ちよく幸せを感じてプレーしていないと、見ている側もその辛さが伝わってきますよね。それくらい、あまりに経営者側の力が強かった。コミッショナーもなかなか正当なジャッジをしなかった」
この言葉には深くうなずいてしまった(小園海斗~)。
わ~。まだお伝えしたい話があるのですが、長くなりました。続きは次回に!
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