2019年1月16日

ヤジも言えないこんな世の中〜

大相撲、初場所。進退をかけてのぞんでいた稀勢の里が初日から3連敗。1月19日の朝、引退が発表されました。

初日からの三番は、いずれも競り合った上での負けというより、「心技体」がそろっていない弱さが目立った負けっぷりだった。

3日目の取組を見たのだが、ふつう横綱が負けようものなら、座布団がとびかうのがお決まりの風景。

しかし、座布団の1枚もとばない。ヤジも聞こえない。シーンとした観客席。

まるで舞台で役者がとんでもないミスをおかしてしまったときの、見てはいけないものを見てしまったような、そんな異様な光景でした。

これは、いったい勝負の場なのか?

かねてから友人が放っていた名言、「(重量の階級のない)大相撲はスポーツではなく、芸能だ」を思い出す。この日は、お客さんが純粋に勝負を楽しむ場にさえなっていなかった。

プロ野球に置き換えてみよう。ヤジのとばないスタジアムなんて!



今どきの球場では、どこも昭和の頃のようなどぎついヤジは少なくなっているようですが。

感情を吐き出しただけのヤジは聞いていて気持ちのよくないものだけど、お客さんはお金を払って試合を見にきているんだもの。

プロ野球というのは見せ物なんだもの。人に見られる仕事なんだもの。ふがいないプレーにやじがとばない観客席が不健康に思えるときがあります。

ケガの影響ももちろん大きいかったのでしょうけれど、日本人横綱の誕生をのぞむ周囲が、勇み足で横綱に昇進させたことも、稀勢の里がふるわなかった大きな原因の一つのような気がしています。

そんなに外国出身の横綱で満足できないなら、最初から日本人だけでやればいいのに。どれだけこれまで外国人力士に楽しませてもらったことか。ボッ(小噴火)。

たとえば、昨年のカープ。フランスアや、後半のジョンソンの投球にはしびれました。

交流戦で対戦したロッテのボルシンガーや、オリックスのアルバースの投球にも、うっとりしましたもの。

プロ野球でも、「助っ人」と呼ばれる外国人選手のプレーに、どれほど彩りを与えてもらっているかっていう。



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