昨日、ご紹介した、木村元彦さんの『労組日本プロ野球選手会をつくった男たち』。
カープにまつわる人たちも随所に出てきます。
労組としての「日本プロ野球選手会」ができる過程で、選手たちの活動を支えてきた長嶋憲一さんという弁護士がいるのですが、中畑清さんに長嶋さんを紹介してくれたのは、カープの顧問弁護士だったとか。
広島で試合があった後、飲みながら中畑さんが山本浩二さんに組合についての相談をしたとき、浩二さんが球団の顧問弁士につなげてくれたのがきっかけだったそう。
こんなふうにシーズン中も、中畑さんは労組立ち上げのため、各チームの選手たちと水面下でコミュニケーションをとって動いていたんです。
さてさて、この本の最後を飾るのが、8章の新井さんと、9章の會澤翼。
2008年から4年間、7代目選手会会長をつとめた新井さん。2013年、東日本大震災が起こったとき、セ・リーグの開幕を遅らせるべきではと、文科省まで巻き込んで、コミッショナーやNPB、読売グループとたたかって、交渉し、実現させた。
2008年、選手会長を退任するとき、次を新井さんに託した宮本慎也さん。北京五輪でも一緒にプレーする中で、新井さんの誠実さを認めるようになったといいます。
「彼は頭もいいんですけど、何より『こいつは損得で動かないな』という性格の部分ですね。(略)新井は正しいと思ったところには、思い切って突っ込んでいける人です」
おぉぉぉ。現役引退した新井さんが解説の仕事をしていたとき、野球のこと、打撃のことをわかりやすく話してくれていて、知的な感じがしてちょっとびっくりしたことが。その頭のよさを、采配に活かしてもらえまいか~。
新井さんは、2013年WBCのとき、主催者の米国側が代表チームのスポンサーからの収益を自分たちのものにしていることを問題視して、改善されるよう、たたかってもいた。
新井さんの恩師である佛圓弘修さんが語る小学校時代のエピソードは泣けてきます。クラスの男の子がからかわれそうな空気になると、新井さんはすっとんでいってその子の手をつないで守ってあげていた。
新井さんが転校することになってお別れ会を開いたとき、その子は「行かないで!」と新井さんの胸に顔をうずめて号泣して、クラスの仲間もそれを見てもらい泣きしていたという。
そんな心優しい新井さんには、ある意味、選手をきるのが仕事という監督は向いてないんじゃないかと心配になってしまった。
監督4年目を迎えて、「結果を出した選手を起用する」と公言した新井さんだが、実はとても無理をしているんじゃないかと(監督としては当たり前の仕事ですが)。
選手会長としての行動を見ていると、ベンチで采配するより、むしろフロントで球団をよくする仕事が向いているのではとも思ってしまう(そんな素敵な方向を現オーナーは考えもいないだろうけど)。
最後の9章では、2025年オフまでの4年間、10代目の選手会会長をつとめた會澤が登場。會澤もまた、9代目炭谷銀仁朗から、「後を託したい」とオファーを受けての就任だった。
「現役ドラフト」の導入に力を尽くした會澤。NPBが2025年でやめることにしたトライアウトも、選手たちの「続けてほしい」という希望をすくいあげて、選手会主催として続行することに。
選手が選手としてプレーできるよう、そのことへの心配りが伝わってきます。
「これからは会長にも何かメリットがある制度がつくれないかとも考えています。完全に無報酬なのでね。僕はいいのですが、次の会長からは何か報われてほしいとも思います」とも。総長~。
「あとがき」では、すべての選手会長に取材できなかった無念さをにじませつつ(それはすごいボリュームになってしまいますから)、4代目会長の正田耕三さんのグッとくる言葉も紹介されています。
球団経営者の利益が優先されてきたプロ野球の歴史と、現場の選手たちが自分たちの権利を獲得するために行動した歴史。
まだ今も、選手ファーストと言えない状況はあると思いますが、日々のプレーだけでも十分に大変な中、選手会を支えた選手たちにリスペクトしたくなる、知っておいてほしくなるエピソードが、ここには書ききれないほどたくさんつまった1冊です。よろしければ、ぜひ!
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